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仙台高等裁判所 昭和61年(ネ)181号 判決

昭和六一年(ネ)第一七七号事件控訴人昭和六一年(ネ)第一八一号事件被控訴人

(第一審原告兼同小野勝章承継人)

小野善勝

昭和六一年(ネ)第一七七号事件控訴人昭和六一年(ネ)第一八一号事件被控訴人

(第一審原告兼同小野勝章承継人)

小野かつえ

昭和六一年(ネ)第一七七号事件控訴人昭和六一年(ネ)第一八一号事件被控訴人

(第一審原告)

小野善則

右三名訴訟代理人弁護士

清藤恭雄

鈴木宏一

昭和六一年(ネ)第一七七号事件被控訴人昭和六一年(ネ)第一八一号事件控訴人

(第一審被告)

右代表者法務大臣

前田勲男

右訴訟代理人弁護士

伊藤直之

右指定代理人

福士貫蔵

外四名

主文

一  第一審被告の控訴に基づき、

1  原判決主文中第一審原告善勝に関する部分を次のとおり変更する。

(一)  第一審被告は、第一審原告小野善勝に対し、金九五〇万円及びこれに対する昭和四九年九月三〇日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。

(二)  第一審原告小野善勝のその余の請求を棄却する。

2  原判決中第一審原告小野かつえ、同小野善則及び同小野勝章に関する第一審被告敗訴部分を取消す。

3  第一審原告小野善勝の同小野勝章承継人としての請求並びに同小野かつえ及び同小野善則の請求をいずれも棄却する。

二  第一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、第一審原告兼同小野勝章承継人小野善勝と第一審被告との間に生じた分は、これを二分し、その一を第一審被告の負担、その余を第一審原告兼同小野勝章承継人小野善勝の負担とし、第一審原告兼同小野勝章承継人小野かつえ及び第一審原告小野善則と第一審被告との間に生じた分は、第一審原告兼同小野勝章承継人小野かつえ及び第一審原告小野善則の負担とする。

四  この判決は第一審原告小野善勝勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

第一審原告らは、控訴の趣旨として、原審当時の請求を減縮の上、「原判決を次のとおり変更する。第一審被告は、第一審原告兼同小野勝章承継人小野善勝(以下「第一審原告善勝」という)に対し金四一〇〇万円(内第一審原告小野勝章承継人としての請求は金一〇〇万円)、同小野かつえ(以下「第一審原告かつえ」という)に対し金七〇〇万円、第一審原告小野善則に対し金二〇〇万円及び右各金員に対する昭和四九年九月三〇日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じて第一審被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、第一審被告の控訴に対して控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告は、控訴の趣旨として「原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。第一審原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じて第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、第一審原告らの控訴に対して「第一審原告らの控訴を棄却する。控訴費用は第一審原告らの負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。

第二  主張

次のとおり付加訂正するほか、原判決の事実中「第二 当事者の主張」欄の記載を引用する。なお、原判決及び本件記録中にある「侵襲」、「圧排」という用語は、前者の本来の語義が侵し襲うというものであることと、後者の与えるものものしい語感からして適切な用い方ではなく、その上二つとも必ずしも学術・専門用語ではないのに一般的に知られた言葉でもないので、原判決中個別的に改めない箇所も、前者を「損傷」(時に「障害」)と、後者を「(押すなどの手段による)片寄せ」と読み替えるか、その意味に理解することとする。

一  原判決三枚目裏四行目末尾に続けて「第一審原告勝章は、平成五年一〇月二八日死亡した。その相続人は、第一審原告善勝及び同かつえのみである。」を加える。

二  同九枚目表三行目冒頭から同四行目の「前記のとおりであるが、」までを「第一審原告善勝の疾病は胸部椎間板ヘルニアであった。」と改め、同六行目の「できたものである。」の次に「脊髄造影検査についていえば、九CC以上の造影剤を用い、徐々に傾斜させてゆっくり流し、左右の斜位を加味した腹臥位でも透視し、疑わしい箇所は集中的に多方向から多数撮影する慎重な検査を行えば、脊髄圧迫物の部位、硬膜内か硬膜外か、その大きさ及び形状などをより正確に把握でき、これによって脊髄腫瘍と椎間板ヘルニアの鑑別は可能であった。」を、同裏初行の「長谷川医師は、」の次に「四回にも亘って脊髄造影検査を行ったにもかかわらず、その都度造影剤の使用量が少なく、かつ右のような慎重適切な検査は行わず、執刀者の赤林医長自ら検査に立ち会って直接確認することも怠ったため、」を、同三行目の「誤診し、」の次に「手術適応と誤って判断して」をそれぞれ加える。

三  同一〇枚目表七行目の「完全麻痺」を「高度対麻痺」と、同裏初行の「手術を続行し、」を「手術を続行した。」と、同三行目の「他方」から同五行目の「あったのに、」までを「本件手術を中止すべきであった。なぜなら、脊髄圧迫物は脊髄前方のほぼ正中部に存在し、脊髄は易損傷性の状態を示していたことからすれば、右圧迫物の摘出に固執すると脊髄に不可逆的な損傷を加え、高度の横断性麻痺を招来する危険性が大きい一方、第一審原告善勝の本件手術前の麻痺は独立歩行も十分可能な軽度のものにすぎなかったのであるから、執刀医としてはこの段階で手術を中止し、当面除圧等の保存的療法にとどめて症状の推移を見守るべきであった。しかるに、赤林医長は」とそれぞれ改める。

四  同一〇枚目裏九行目の「注意すべき」から同一一枚目表四行目末尾までを次のとおり改める。

「次のとおりの手術操作上の注意義務を負っていた。

(1)  脊髄前方にある脊髄圧迫物を除去するにあたり、術野を広く確保するとともに、脊髄への損傷を回避するため、椎弓を広範囲に切除し、椎間関節(ファセット)、椎弓根部、横突起も切除するワイドラミネクトミーを実施すべき義務

(2)  椎弓を切除する際、不用意に鋭匙鉗子等を椎間板の下に挿入しないよう注意すべき義務

(3)  脊髄前方を検索する際に、脊髄を左右いずれかに寄せることを回避すべき義務

(4)  硬膜を切開し、硬膜内を見分しても腫瘍が存在せず、椎間板ヘルニアが疑われる一方、脊髄が外力からの損傷を受けやすい状態にあることを確認した場合は、その時点で、術者は、脊髄に触れることなしに又は脊髄に圧力を加えない状態で圧迫物を検索、切除ないし摘出できる程度まで、更に広範囲に椎間関節、椎弓根及び横突起まで切除(ワイドラミネクトミー)すべき義務

(5)  (4)のワイドラミネクトミーを行わないまま手術操作を続行する場合には、脊髄を損傷しないように、脊髄前方の圧迫物の検索、摘除のすべての操作を脊髄に対して愛護的に、すなわち脊髄に触れずに、仮に触れるとしても極力軟らかく触れるようにすべき義務

しかるに、赤林医長は、次のとおり右注意義務を尽くさなかった。

すなわち、(1)については、第一審原告善勝の第九、第十椎間板の上下各約二センチメートル(合計縦四センチメートル)、横約1.5センチメートルしか切除せず、その切除の範囲は狭隘で不十分なものであった。

(2)については、本件手術中に、鋭匙鉗子等を不用意に椎間板の下に挿入し、脊髄を狭撃した。

(3)については、硬膜を切開後硬膜内の脊髄前方を検索する際に、神経鉤で軟膜ごと脊髄を左方に圧迫した。

(4)については、硬膜を切開し、硬膜内を見分しても腫瘍が存在せず、椎間板ヘルニアが疑われる一方、脊髄が外力からの損傷を受けやすい状態にあることを確認しながら、ワイドラミネクトミーを実施せず、右の当初の狭い範囲の椎弓切除のままで脊髄前方に存在した圧迫物の検索、切除ないし摘出手術を続行した。

(5)については、脊髄前方に存在した圧迫物の右手術を行うに当たって、次のいずれかの操作を愛護的に行わなかった。

(a) 神経鉤で軟膜ごと脊髄を左方に圧迫して硬膜内の脊髄前方を見分した操作

(b) 神経鉤で硬膜ごと脊髄を左側に圧迫移動させて、硬膜外の脊髄前方に存在した圧迫物を検索した操作

(c) 右圧迫物にメスを入れた操作

(d) 鋭匙で膨隆部の椎間板を掻き出した操作

第一審原告善勝の脊髄の損傷は、右(1)ないし(5)の注意義務違反のいずれかにより発生した。」

五  同一一枚目表六行目の冒頭から「あったから、」までを次のとおり改める。

「手術は、医療のためになされるとはいえ患者の肉体を損傷する行為であるから、患者の自由意思に基づく有効な承諾があってはじめてその違法性が阻却されるのであるが、有効な承諾があったといいうるためには、その前提として医師から患者に対する十分な説明がなされることが必要である(インフォームド・コンセント)。

患者は自己の肉体に医的損傷を加えられることを承諾するかどうかにつき、その自由意思に基づいて決定する権利(患者の自己決定権)を有し、その前提として、自らの症状を理解するために必要なすべての情報を得る権利を有する。したがって医師は、患者に対し、すでに実施された検査、診療の結果、これから行われようとしている手術の目的・方法・内容、予想される危険性、後遺障害の発生可能性・その内容・程度及びこれに代わりうる他の手段(無治療の場合どうなるかを含む)等について、十分に理解できるまで説明すべき義務がある。

このような十分な説明を行わずになされた承諾は無効であり、その手術自体違法である。

特に、本件の如く狭い胸椎部の後方(背部)を切開する椎弓切除術のように、脊髄を損傷し完全麻痺又はそれに近い高度の対麻痺を生じさせるなど、重大な結果発生の危険のある手術を行う場合には、担当医師は予めその手術の内容とそれに伴う危険性を患者又はその代理人に対して具体的に説明する義務がある。」

同面八行目から同九行目にかけての「真正な」を「前記自己決定権に基づく」と、同面九行目から同一〇行目にかけての「これを怠り、同原告に」を「長谷川医師は第一審原告善勝に前記2(五)のとおり」と、同末行の「同原告の真正な」を「また、赤林医長は、第一審原告らに対して手術の具体的内容とそれに伴う危険性、後遺障害発生の可能性・内容・程度等について殆ど説明をしなかったもので、第一審原告善勝の右の意味における」と、同丁裏初行の「施行した過失があり、」を「施行した。」と、同六行目から同面七行目にかけての「続行した過失がある。」を「続行した。以上のとおり赤林医長及び長谷川医師には説明義務の懈怠がある。」とそれぞれ改める。

六  同一二枚目表三行目の「、もしくは」を「に基づき、仮に同法に基づく責任が認められないとしても」と改め、同四行目末尾に続けて「なお、本件のような診療契約に基づく患者と医師という特別の関係に立つ第一審原告らと第一審被告との間においては、不法行為責任よりもまず請求原因6の(一)で主張した債務不履行責任の存否が判断されるべきである。」を加える。

七  同一三枚目表四行目末尾から行を改めて次の主張を加える。

「本件手術において椎間板ヘルニアの摘出が行われなかったとしても、以下に述べるとおり第一審原告善勝は従来と同様の生活を営み、稼働しえたのであるから、第一審原告善勝に右の損害が発生したことに変りはない。

(a)  本件手術を中止し、保存的療法を選択したとしても、その後に適当な時期をみて、前方進入法を採用し又はワイドラミネクトミーを実施して、同人の脊髄を不可逆的に損傷することなく椎間板ヘルニアを摘出することが可能であった。

また、本件手術を中止し、保存的療法を選択したうえで、第一審原告善勝に対し、その間の具体的経過と手術の予想される危険性等について十分な説明をしていれば、同人としては時間と費用をかけても更に別の医師或いは他の医療機関で更に慎重に診察、検査をしてもらい、その結果により外に転院して赤林医長以外の医師の手で前方進入法又はワイドラミネクトミーにより安全に椎間板ヘルニアの摘出手術を受けることも可能であった。

(b)  椎間板ヘルニアを摘出しなくても、対麻痺が増悪する可能性は少なく、むしろ除圧を目的とした保存的療法によって手術前の状態の維持は十分に可能であり、更に症状の改善も期待できた。

仮に、本件手術をしなくても第一審原告善勝の就労可能期間が右(原判決引用部分)に主張した平均的なものよりも短縮されたはずであるというのであれば、その事実は第一審被告の賠償責任を低減させる抗弁事由たる機能を果たすものであるから、その主張立証責任は第一審被告にある。

さらに、本件手術において椎間板ヘルニアの摘出が行われなかった場合に、第一審原告善勝の対麻痺が増悪する可能性が高かったと仮定しても、同人が直ちに稼働能力を低減、喪失する状態に至るのではないから、その就労期間として相当な期間を認定判断することは可能であり、これに基づいて逸失利益の額を算定すべきである。」

八  同一六枚目表初行と二行目の間に次の主張を入れる。

「(3) 第一審原告勝章の右損害合計金三三〇万円を第一審原告善勝及び同かつえが二分の一である金一六五万円ずつ相続した。

(三) 第一審原告らの慰藉料算定についての補足主張

赤林医長らの説明義務違反も第一審原告らに大きな精神的苦痛を与えた。本件手術に先立ち又は手術着手後一旦手術を中止した後に赤林医長らから本件手術の内容とそれに伴う危険性の重大さ等について説明を受けていたならば、第一審原告らとしては、本件手術を受けるかどうか、手術を受ける場合には医療機関と医師の選択等について慎重に検討、考慮した上で決定したはずであった。しかし、そのような機会を完全に奪われて自己決定権を侵害され、挙げ句に一生にかかわる重大な障害を受けたのである。」

九  同面二行目の「原告」から同四行目の「各金三三〇万円」までを「第一審原告善勝は7(一)(6)の内金四〇〇〇万円と7(三)(3)の内金一〇〇万円の合計金四一〇〇万円、第一審原告かつえは7(二)(1)(2)の内金六〇〇万円と7(三)(3)の内金一〇〇万円の合計金七〇〇万円、第一審原告善則は7(三)(1)(2)の内金二〇〇万円」と改める(第一審原告らは、当審において右のとおり請求を減縮した)。

一〇  同一八枚目表二行目の「平らにならなかったので」から同三行目の「除去した。」までを「平らにならなかったが、その中に実質性のものは何もなかったので、後記のとおりその基部から更に深部(前方)の椎間板の一部を採取したのち、硬膜の上から膨隆物に圧迫を加えて膨隆状態を除去した。」と改める。

一一  同一九枚目表末行の「(昭和四九年一一月中旬以降)」を削除し、同丁裏八行目末尾に続けて「第一審原告善勝に本件手術直後みられた麻痺が回復しつつあったことは4のとおりである。そして、一旦みられた麻痺の回復が特段の理由なしに完全麻痺に逆行することはありえない。」を加える。

一二  同二〇枚目裏四行目冒頭の「一般に」の前に「第一審原告善勝の疾病が胸部椎間板ヘルニアでないことは前記のとおりであり、赤林医長らのこの点の診断に誤りはない。さらに、次のとおり本件を手術適応とした同人らの判断にも誤りはなかった。すなわち、」を、同二一枚目裏二行目末尾に続けて「なお、脊髄腫瘍は胸部椎間板ヘルニアと臨床症状が同じであって、赤林医長らは、後者の可能性をも念頭において前記検査、判断を行ったものである。仮に、第一審原告善勝の疾病が胸部椎間板ヘルニアであったとしても、両者の確実な鑑別は、手術的に切開し、病変部を直接視認しなければ殆ど不可能である。」をそれぞれ加える。

一三  同二二枚目表四行目末尾から行を改めて「第一審原告善勝の手術前の症状は前記のとおり急激に悪化していたのであるから、脊髄硬膜内に腫瘍が発見できなかったからといって、その段階で手術を中止するのは相当でない。なお、仮に、第一審原告善勝の病変が椎間板ヘルニアであったとしても、赤林医長は、脊髄前方に到達した時点では脊髄圧迫物がヘルニアであることを確認していないのであるから、右確認したことを前提に手術続行によるヘルニア摘出の適否を的確に判断すべき義務を負わせることはできない。」を加える。

一四  同二二枚目表九行目末尾から行を改めて「仮に手術操作中に脊髄を損傷すれば、その時点で患者の血圧の急激な低下がみられるはずであるが、本件手術中に第一審原告善勝にこのような血圧の低下はみられなかったので、この事実からも手術操作の過誤による脊髄損傷がなかったことは明らかである。」を加える。

一五  同丁裏六行目の次に行を改めて以下の主張を加える。

「第一審原告らは、十分な説明を行わずになされた承諾は無効であると主張するけれども、その根拠は不十分である。そして、第一審原告ら主張のような脊髄に対する過重な負担に起因する手術後の完全麻痺発生の危険は、赤林医長のような熟達した医師なら容易に防止できるものであるから、患者に説明しなければならない危険には当たらない。また、仮に、第一審原告善勝の現在の麻痺が本件手術により生じたとすれば、それは医学的経験では知られていない不測の諸事情が重なり合ったために生じたものであって、このような危険まで患者に説明すべき義務はない。

さらに、第一審原告らの主張する手術続行に際しての説明義務について言えば、脊髄腫瘍の摘出と椎間板ヘルニアの摘出とで手術操作及びその危険性に違いはないから、前者を前提とした本件手術についての説明と同意を得ている以上、それは諸検査の結果認められた脊髄圧迫物の除去についての包括的なものとして後者についての説明と同意をも含むものと解すべきであって、右手術続行に際して改めてそれらが必要とはいえない。

なお、医師の説明義務違反による損害は、患者の自己決定権の侵害又は治療行為選択の機会の喪失それ自体であって、自己決定権保護の範囲に止めるべきであり、治療行為そのものに過失は無かったが後遺障害が残った場合には、この範囲を超えて後遺障害による逸失利益の賠償まで認めるべきではない。」

第三  証拠〈略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。但し、右事実中当審で付加された第一審原告勝章の死亡及びその相続関係については、第一審被告は明らかに争わないので自白したものと看做す。

二  同2(一)ないし(七)の事実中、(一)のうち第一審原告善勝が国立仙台病院を訪れるまでの自覚症状の内容、(五)のうち長谷川医師の第一審原告善勝に対する説明内容部分を除くその余の事実及び同(八)のうち第一審原告善勝が外泊の許可を受けたことは、当事者間に争いがなく、〈書証番号略〉、土肥医師(原審)、赤林医長(原審、当審第一回)の各証言及び第一審原告善勝本人尋問の結果(原審、当審)によれば、第一審原告善勝が国立仙台病院を訪れるまでの自覚症状の内容は第一審原告ら主張のとおりであること、なお、同2(一)においてルンバール検査を指示したのは土肥医師ではなく赤林医長であることが認められる。

右各証拠に、〈書証番号略〉、土肥医師(当審)、長谷川医師(原審)の各証言を総合すれば、第一審原告善勝が昭和四九年八月二〇日国立仙台病院に入院して以降本件手術日までの症状の推移は、同年九月九日頃まで両下肢以下の痺れ感及び知覚鈍麻がやや強くなっているとの訴えがあり、同年一八日の検査で膀胱炎の所見がみられ、赤林医長及び長谷川医師は、同原告の状態の観察結果をも考え合わせてその症状が次第に悪化しているとの印象を抱いていたことが認められる。もっとも、〈書証番号略〉及び第一審原告善勝本人尋問の結果(原審、当審)によれば、同原告自身は病状が進行しているとは感じておらず、同年九月一四日から同一六日にかけてと同月二一日から同二三日にかけて、それぞれ外泊許可を受けて帰宅し、二回目に帰宅した際には自宅までの数キロメートルを自力で歩いたほか、同月二八日にも外出許可を受けていることが認められるけれども、右事実は必ずしも前記赤林医長らの抱いた印象と矛盾するとまではいえず、これをもって右印象が誤っていたものと決めつけることはできない。

三  同3冒頭部分、(一)、(二)、(三)(浮腫の存在に関する部分を除く)及び(四)前段の事実は、当事者間に争いがなく、右事実に〈書証番号略〉、長谷川医師(原審、当審)、赤林医長(原審、当審第一、第二回)、平林医師の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。

1  赤林医長が請求原因3(二)の際に切除した椎弓の範囲は、第九、第十胸椎椎間板の上下各約二センチメートル、幅約1.5センチメートルであり、椎間関節、椎弓根部、横突起までは切除しなかった。

2  椎弓を切除し、黄靱帯等を排除して露出した脊髄硬膜を見分すると、部分的に黄色で、肥厚していた。次いで、硬膜を切開して硬膜内を見ると、脊髄表面の血管が怒張し、蛇行しているのが認められたが、脊髄の後方(背側)には腫瘍は存在しなかった。

3  そこで、赤林医長は、脊髄軟膜ごと神経鉤で脊髄を左側に寄せて硬膜内の脊髄前方(腹側)を見分したところ、術前の脊髄造影検査により得られた所見と一致する第九、第十胸椎椎間板の高さのほぼ正中部に、硬膜の外側から硬膜の内部方向に突出し脊髄を圧迫している小児小指頭大の膨隆物を発見し、次いで、再び神経鉤で脊髄軟膜ごと脊髄を左側に寄せて右膨隆物を露出させ、これにメスを入れると、第二助手を担当していた長谷川医師にも見える高さまで同所から透明な水様物が飛散したが(したがって、右膨隆物は硬膜に接する部分は嚢腫様の状態にあったが、これはヘルニアでは稀である)、膨隆状態は解消しなかったので、ゾンデでその中を探った上、鋭匙で主としてその底部にある内容物を摘出したのち膨隆状態のままになっている袋状の皮様の物を押して平らにし、硬膜、皮下組織を各縫合して創を閉じた。

4  手術後、右摘出した内容物の病理検査を依頼したところ、摘出物には骨及び軟骨に混じり髄核がみられ、ヘルニアといっていい状態である旨の所見及び診断がもたらされた。

5  長谷川医師によって作成された手術記録には、脊髄腫瘍とされていた術前の臨床診断が、手術後に椎間板ヘルニアと記載された。赤林医長は、手術後右手術記録に何回も眼を通したが、右の記載を訂正するように指示したことはなかった。

右認定事実に長谷川医師(原審)及び平林医師の各証言を総合すれば、第一審原告善勝の脊髄疾患は胸椎椎間板ヘルニアであったと認めるのが相当であり、赤林医長(原審、当審)及び木下医師(第一、第二回)の各供述中右認定に反する部分は右事実及び証拠に照らして採用できない。ただし、これは、手術後の病理検査の結果をも合わせ考慮した確定診断に基づく認定であって、右3の膨隆物を発見した時点で、赤林医長がこれを椎間板ヘルニアと診断したとまでいうものではない。

右3の手術操作につき、長谷川医師(原審)の証言により同医師が手術後間もない頃に記載したものと認められる手術記録中の手術図には、脊髄硬膜ごと脊髄を寄せた手術操作が記載されているほか、原審での長谷川医師の証言は、神経鉤で脊髄軟膜ごと脊髄を左側に寄せた後に、更に神経鉤で脊髄硬膜ごと脊髄を左側に寄せる操作をしたというのであったが、この点を確かめるために当審の最終段階で証言を求めた際の長谷川医師によれば、右手術図は手術実施中の特定時点における様子を描いたというよりも、後日のための心覚えとして、或程度の幅をもった時間内における患部や手術操作の先後のもようをまとめて描いたものであることが認められ、原審証言中の硬膜ごと脊髄を左側に寄せたとの点は、赤林医長の当審第二回の証言に対比すると、そのようには認定し難いので、右記載及び証言は3の認定を左右するものとはいえない。また、赤林医長の供述(原審)中、第一審原告善勝の脊髄硬膜を切開した際、同人の脊髄表面の血管が浮腫状になっていた旨の部分は、〈書証番号略〉の手術記録の記載及び長谷川医師の証言(原審)に照らせば、前記血管の怒張及び蛇行の観察結果をこのように表現したにすぎないものと見るべきであって、右供述から直ちにこれとは別の脊髄の変性があったとは認め難い。

四  請求原因4について

〈書証番号略〉、長谷川医師(原審)、赤林医長(原審、当審第一回)の各証言及び第一審原告善勝本人尋問の結果(原審、当審)を総合すれば、第一審原告善勝の本件手術後の経過につき次の事実が認められる。

1  第一審原告善勝は、本件手術終了直後から臍部以下両下肢に完全麻痺症状(弛緩性麻痺)をきたし、知覚運動能力の完全喪失、膀胱直腸障害が生じた。

2  その三日後から右麻痺は少しずつ回復傾向を示し、手術後約二〇日の間に、両腸腰筋、大腿二頭筋、大腿直筋、股関節の外転、内転等の運動能力にごくわずかの回復をみ、両下肢の知覚能力についても若干の回復がみられた。もっとも自力による排便、自然な排尿が不能な状態が続いた。

3  その後約一か月半を経過した昭和四九年一一月中頃からは機能回復訓練を始め、翌昭和五〇年の六月頃には両下肢に固定装具を付ければ平行棒を往復できる程度になった。

4  ところで、昭和四九年一一月頃までには同原告の麻痺は弛緩性のものから痙性のものに移行しており、右訓練は抗痙攣剤により痙攣の抑制を試みながら行われたものであるが、次第に痙攣による下肢の内転が増強して訓練に苦痛を伴うようになり、加えて仙骨部に褥瘡が発生し、股関節部分に化骨が出現するなどして訓練を妨げるようになったため、3の状態にまでなったものの、その後殆ど訓練が行われなくなった。

5  昭和五〇年一二月八日、機能回復訓練を本格的に行うため東北労災病院に転院した。その時点では、ベッドの上で上半身を起こすことはできるが、車椅子の乗り降りは困難を伴う状態であった。

6  同病院においては、脊髄ブロック療法などにより痙攣を緩和抑制しながら機能回復訓練に努めたが、さしたる症状の好転はみられないまま、昭和五二年八月三一日退院するに至った。

7  それ以降、同病院に通院しながら自宅での療養を継続している。退院後暫くの間痙性のままで推移した麻痺は現在弛緩性のものに変わってきたが、臍部以下の知覚障害は依然顕著に残っており、歩行等下肢の自動運動は不能で、その機能は全廃状態にあり、介護を得て車椅子に乗り降りすることができるに止まり、自力での排尿排便も不可能な状態のまま現在に至っている。

しかして、平林医師の証言及び鑑定の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、第一審原告善勝の以上の1ないし4のような麻痺症状の推移は、手術直後に発生した高度な弛緩性麻痺が徐々に知覚障害から改善し始め、やがて運動障害にも回復がみられ、次第に痙性麻痺に移行していった過程として説明でき、これは外傷性脊髄損傷などにおいて脊髄浮腫などの可逆性変化にとどまっていた部分が回復していく際に最もしばしばみられる経過と軌を一にするものであり、更にその後現在に至る症状の推移も、当初の麻痺自体は回復していったにもかかわらずその後何か別の原因で麻痺が逆行増悪したのではなく、当初の麻痺を生じさせた脊髄の障害のうち非可逆性の部分が麻痺として残るに至ったと理解すべきものである。

これに対して、木下医師(第一、第二回)の供述中には、東北労災病院に転院する直前の時点における第一審原告善勝の麻痺の状態は、フランケルの分類〈書証番号略〉によればCランク、即ち「損傷部以下にある程度力のある運動がみられるが、患者が実際に使用することができない状態」ないしDランク、即ち「下肢を動かすことができて、多くは杖の助けを借りて又は杖なしに歩行することができる状態」にまで回復していた旨の部分がある。右3で認定したとおり第一審原告善勝は一時機能回復訓練において平行棒を往復できる状態になってはいるが、〈書証番号略〉記載の病状経過に長谷川医師の証言(原審)及び第一審原告善勝本人尋問の結果(原審、当審)を総合すれば、右状態は下肢の運動能力の回復による自力歩行の結果ではなく、むしろ装具によって下肢を固定して、上半身の力で支えながら移動する状態にすぎなかったことが認められるから、これをもって右供述の程度まで麻痺が回復したものとみることは困難であり、その後転院の頃までの第一審原告善勝の状態は右4、5で認定したとおりであって、前掲〈書証番号略〉の右期間に該当する記載中にも右の程度の麻痺の回復を窺わせるものはないことに照らせば、木下医師の右供述部分は採用できない。

五  請求原因5について

これまでの認定事実に平林医師の証言及び鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、第一審原告善勝の現在の両下肢の高度の対麻痺は、本件手術における手術操作によって脊髄が損傷を受けた結果生じたものと認めるのが相当である。

そして、平林医師の証言及び弁論の全趣旨によれば、右損傷を加えた手術操作としては、①椎弓切除の際、骨鉗子で脊髄を背側から圧迫したか、②硬膜内検索のため脊髄を神経鉤で押して片側に寄せた行為か、③椎間板ヘルニアを鋭匙で取出す際脊髄に触れたかのいずれかであることが認められるが、それ以上に特定することは証拠上困難である。木下医師の供述(第一回)中には、右①が脊髄損傷の原因となる可能性を否定する部分があるけれども、平林医師の前記証言に照らして採用できない。

これに対して、第一審被告は、本件手術後の第一審原告善勝の麻痺が一時的に強くなったことに本件手術が関与しているとしても、それは脊髄部の手術後一般的にみられる症状であり、その後における麻痺の非回復傾向は同原告の脊髄自体の病的変化に起因するものである旨主張する。本件手術時の所見で、露出された脊髄硬膜は変色しており、赤林医長がこれを切開したところ、脊髄表面の血管が怒張し、蛇行していたことは前記認定のとおりであり、赤林医長(原審、当審第一回)及び木下医師(第一、第二回)は、右硬膜の変色及び脊髄表面の変化は脊髄自体の病変を示すものであり、これが進んで現在のような高度の対麻痺の状態になった旨右主張に沿う供述をしており、〈書証番号略〉(木下医師の意見書)にも同様の記載がある。しかしながら、赤林医長自身、施術当時そのような病変を認識ないし診断しておらず、また平林医師の証言に照らせば、右脊髄表面の変化が脊髄自体の病変を示すものかどうかは必ずしも明らかでない。第一審原告善勝に木下医師のいうような状態までの麻痺の回復があったと認められないことは、前記判示したとおりである。そして、同証言及び鑑定の結果によれば、第一審原告善勝に本件手術直後から発生した麻痺は、手術前にみられた麻痺症状とは異なる高度なものであり、その内容も手術高位に一致しているもので、この事実は麻痺の発生に手術が大きく関与していることを示すものであること、一方、右麻痺が手術直後に出現し、以後僅かに改善をみたものの程度的にも高位的にも増悪していないことからすれば、脊髄表面にみられた前記病的変化が右麻痺の出現に何らかの意味で関与していたとしてもごく僅かであり、大勢に影響はないと思われること、手術操作によって第一審原告善勝の脊髄に損傷が生じたとして、他の病態なしにも術後に生じた麻痺の経過を説明できることが認められる。以上の点に照らせば、赤林医長及び木下医師の前記供述及び〈書証番号略〉の記載は採用し難い。

更に、第一審被告は、仮に手術操作中に脊髄を損傷すれば、その時点で患者の血圧の急激な低下がみられるはずであるが、本件手術中に第一審原告善勝にはこのような血圧の低下はみられなかったので、手術操作による脊髄損傷はなかった旨主張し、木下医師(第二回)の供述中にもこれに沿う部分があるけれども、そのような実例の報告は公表された文献にはなく、同医師の一回限りの体験においてみられた現象である上に、その際の損傷の態様は脊髄を切断したというものであって、原因となった手術操作の態様の如何を問わず脊髄が損傷すれば同じ現象の出現が実証されているものでないことは、同医師の証言自体から明らかであるから、右供述はにわかに採用しがたく、他に右主張の前提事実を認めることのできる的確な証拠はない(〈書証番号略〉によっては右事実を認めるに足りない)から、右主張も失当である。

六  第一審被告の責任の有無につき以下判断する。

1  診断上の過誤の有無

第一審原告善勝の脊髄疾患が胸椎椎間板ヘルニアであったことは前記のとおりであるところ、第一審原告らは、赤林医長、長谷川医師は本件手術前に各種検査を適切に行わなかったため、椎間板ヘルニアを全く疑わずに脊髄腫瘍疑と誤診し、本来ヘルニアには不適切な本件手術を施行した過失がある旨主張する。

そこで検討するに、〈書証番号略〉、土肥医師(原審、当審)、長谷川医師(原審)及び赤林医長(原審、当審第一回)の各証言によれば、赤林医長、長谷川医師らは、国立仙台病院受診時の第一審原告善勝の症状から胸椎、胸髄疾患を疑い、ルンバール検査から脊髄造影検査へと順を追って検査した結果、同原告の症状の原因が第九、第十胸椎高位の脊髄圧迫にあると診断した上で、この圧迫をもたらすものとして脊髄腫瘍を最も強く疑い、手術適応と判断したことが認められる。しかるところ、鑑定の結果によれば、脊髄腫瘍の場合には、腫瘍が増大してやがて歩けなくなる程に麻痺が進行する可能性が大きいので早期完全摘出が治療の鉄則であり、手術時期が遅れる程、腫瘍は増大し、完全摘出がそれだけ難しくなり、さらに術後の脊髄機能の回復能力も劣ってくるため、診断の時点では麻痺が軽く、進行がそれほど急速でなくてもその時点で手術の適応となることは医学上の常識であることが認められるから、脊髄腫瘍を最も疑った診断に誤りがなければ、手術を施行したことに過誤はみとめられないことになる。

しかして、これまでに確定した事実に、〈書証番号略〉、土肥医師(原審)、長谷川医師(原審)、赤林医長(原審、当審第一回)、平林医師の各証言及び鑑定の結果を総合すれば、赤林医長及び長谷川医師が、第二項で確定したような第一審原告善勝の臨床所見、ルンバール検査及び都合四回に亘る脊髄造影検査の結果等を総合して、第九、第十胸椎椎間板の高位に脊髄腫瘍の存在を想定した判断に誤りがあったとはいえないものと認めるのが相当である。

もっとも、鑑定の結果によれば、胸椎椎間板ヘルニアも、硬膜外脊髄腫瘍と同じ臨床症状及び脊髄造影検査所見を呈し、第一審原告善勝の病態としてはその可能性をも考えないわけにはいかないことが認められるけれども、前段の認定に供した各証拠に〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨を総合すれば、胸椎部の椎間板ヘルニアは稀な疾患で、昭和五一年一〇月専門誌に発表された論文(〈書証番号略〉)においても、わが国におけるそれまでの報告例は二〇例にすぎないとされていること、第九、第十胸椎を含む中部胸椎における正中ヘルニアの症状は脊髄腫瘍のそれと異なるものでなく、ヘルニアに特有な症状や所見があるわけではないこと、本件手術当時両者の鑑別方法としては脊髄造影検査が有力かつ最終的なものとされていたが、これによっても鑑別は非常に困難で、同検査で所見を得ても手術で確認するまでは診断されないことが多かったことが認められるから、第一審原告善勝の病態として胸椎椎間板ヘルニアの可能性をも考えるべきであったとしても、脊髄腫瘍を最も強く疑った診断には合理性があるものというべきである。

第一審原告らは、長谷川医師の行った脊髄造影検査は造影剤の使用量が少なく、かつ慎重適切を欠いていた旨主張し、〈書証番号略〉中には胸椎部造影には九CC以上の造影剤を使用すべきである旨右主張に沿う記載がある。しかしながら、前掲〈書証番号略〉及び長谷川医師(原審)の証言によれば、右検査において同医師の使用した造影剤の量は国立仙台病院において通常使用されていたのと同じ三CCで本件で特に使用量を減じたことはなく、また四回に亘る検査において多角的に透視を行い、その都度前記部位に同様の陰影欠損をみたものであることが認められるのであって、格別検査に慎重適切を欠いた事実は窺われない。なお、脊髄造影検査の際に撮影した前記レントゲン写真には脊髄圧迫物を読み取るのが困難なものが含まれているけれども、長谷川医師(原審)、赤林医長(原審)の各証言によれば、これは多く撮影技術の問題に帰するものであることが認められるから、この事実から直ちに脊髄造影検査自体が慎重適切を欠いたとは速断できない。そして、〈書証番号略〉及び長谷川医師(原審)、赤林医長(原審、当審第一回)、木下医師(第一回)の各証言に照らせば、仮に第一審原告らの主張するような量の造影剤を使用しても、脊髄腫瘍ではなく椎間板ヘルニアであるとの鑑別診断が一般的な医師の水準において可能であったかどうか極めて疑わしいと言わざるを得ない。前記レントゲン写真から七、八〇パーセントの確率で脊髄圧迫物が硬膜外にあることを読み取れる旨の平林医師の証言(当審)のみでは、右判断を覆すに足りない。また、第一審原告らは、赤林医長が右各脊髄造影検査に立ち会わなかったことを非難するけれども、右に述べた点に照らせば、赤林医長が立ち会ったとしても右鑑別診断が可能であったと認めるのは困難である。更に、第一審原告らにおいて、ディスコグラフィー(椎間板造影検査)又は硬膜外造影検査により右鑑別は可能であった旨主張している点については、前掲〈書証番号略〉、長谷川医師(原審)及び赤林医長(原審)の各証言によれば、昭和四九年当時は椎間板造影による鑑別は検査方法として一般化していなかったし、右検査は胸椎については危険性を伴うこと、硬膜外造影検査は脊髄前方の病変の鑑別には必ずしも効果的とはいえないことが認められるから、右主張も採用できない。

以上によれば、赤林医長らが第一審原告善勝の病態を手術適応と判断し、手術を施行した点に過誤は認められないものというべきである。

2  手術方法選択上の過誤の有無

第一審原告らは、本件手術前の諸検査の結果により第一審原告善勝に認められた圧迫物は脊髄の前方(腹側)にあることが確認されていたにもかかわらず、赤林医長らは、より脊髄に対する損傷の危険性の高い椎弓切除法を採用した過失がある旨主張する。

しかしながら、赤林医長らが第一審原告善勝の病態として脊髄腫瘍を最も疑ったこと及びその診断に過誤はなかったことは既に判示したとおりであり、平林医師の証言及び鑑定の結果によれば、本件手術が施行された昭和四九年当時、胸椎部の腫瘍摘出手術については、椎弓切除による後方進入法によるのが通常とされていたことが認められるから、当時の医学の一般的水準に照らして赤林医長らが右手術方法を選択したことにつき過誤があるとは認め難く、右主張は採用できない。なお、長谷川医師(原審)、赤林医長(原審)、木下医師(第一回)及び平林医師の各証言並びに鑑定の結果を総合すれば、本件手術当時、胸部椎間板ヘルニアに対する手術方法として前方進入法を提唱する医師が存在していたけれども、これはなお少数に止まり、右ヘルニアに対する手術としても本件手術とは同様の椎弓切除法が一般的であったことが認められるから、本件手術を椎間板ヘルニアの手術としてみた場合でも赤林医長らの手術方法選択上の過誤は認め難い。

3  手術中止義務の懈怠の有無

第一審原告らは、本件手術の過程で、脊髄硬膜が変色しており、脊髄表面に変性が認められた時点で、赤林医長にはそれ以降の手術を中止すべき義務があった旨主張する。しかし、手術中に認められた硬膜の変色及び脊髄表面の変化が脊髄自体の病変を示すものかどうかは必ずしも明らかでないことは既に説示したとおりであって、これをもってその易損傷性が高度な状態にあることを明らかに示していたと認めることはできず、しかして本件手術が前記のとおり重大な結果をもたらす脊髄腫瘍の摘出を目的として開始されたものであることは既に認定したとおりであるから、右の時点で手術を中止すべき合理性に乏しいことは明らかである。

更に、第一審原告らは、硬膜を切開し、脊髄及びその周辺を検索しても脊髄硬膜内外のいずれにも腫瘍を発見できなかった段階で、より一層椎間板ヘルニアの蓋然性を考え、それ以上の手術を中止すべきであった旨主張する。〈書証番号略〉及び鑑定の結果によれば、椎弓切除法によるヘルニアの摘出は、当該病巣部への手術的進入が極めて困難なこと等から手術中脊髄に不可逆的な損傷を加える危険が多く(とりわけ、脊髄にある程度の圧迫を加えることなしに膨隆しているヘルニアを切除することはできないため、その際に脊髄を損傷する危険性が大きい)、術前に比してむしろその症状を悪化させるおそれが高いとされていたことが認められるものの、第一審原告ら主張の段階においては、脊髄造影検査で存在が予想され、視認によって確認された脊髄圧迫物が腫瘍であるよりも椎間板ヘルニアである蓋然性の方が高くなったと判断すべきであったといいうるだけの証拠はない(〈書証番号略〉及び平林医師の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、脊髄腫瘍には脊髄内腫瘍、硬膜内髄外腫瘍、硬膜外腫瘍の三種類があり、このうち硬膜内髄外腫瘍が最も多く、脊髄内腫瘍は比較的少なく、硬膜外腫瘍はその中間とされており、赤林医長らが脊髄硬膜外前方に発見した膨隆物が硬膜外腫瘍である可能性も決して少なくなかったことが認められる。他方、胸椎椎間板ヘルニアが稀な疾患であることは前記のとおりである)。そして、赤林医長が脊髄硬膜外前方に膨隆物を発見した時点でこれを椎間板ヘルニアと診断をしたものでないことは第三項で説示したとおりであるところ、前記のとおり第一審原告善勝の椎間板ヘルニアは硬膜に接する部分はヘルニアでは稀な嚢腫様の状態にあったことを考え合わせれば、赤林医長が右のとおり診断をしなかったからといって、その点に過誤があるとはいえない。膨隆物を確認した時点で椎間板ヘルニアを疑った旨の長谷川医師の供述(当審)は右判断を覆すに足りない。したがって、赤林医長が前記のような危険性を具体的に予測することは困難であったものといわざるを得ず、そうである以上、この時点で右予測を前提とする手術中止義務を赤林医長に負わせることはできないものというべきである。

のみならず、鑑定の結果によれば、第一審原告善勝の硬膜外前方の腫瘤が自噴型のヘルニアである可能性も皆無ではなかったのであり、さらに硬膜の腹側を切開してヘルニアを摘出した報告例も少なくないことが、また、長谷川医師(原審)及び赤林医長(原審、当審第二回)の各証言によれば、本件手術において膨隆物の摘出はそれが腫瘍であった場合と異ならない程度の操作で足りたことがそれぞれ認められるのであって、これに本件において手術を中止しなかったことはやむをえない旨の平林医師の証言を合わせ考慮すれば、椎間板ヘルニアの可能性を念頭においても、本件手術を続行したことに過誤があるとは断じえない。

してみれば、手術中止義務の懈怠に関する第一審原告らの主張はいずれにしても採用できない。

4  手術操作上の過誤の有無

本件手術において第一審原告善勝の脊髄に損傷を加えた手術操作としては、(a)椎弓切除の際、骨鉗子で脊髄を背側から圧迫したか、(b)硬膜内検索のため脊髄を神経鉤で押して片側に寄せた行為か、(c)椎間板ヘルニアを鋭匙で取出す際脊髄に触れたかのいずれかであることは既に説示したとおりである。そこで、右手術操作との関連において第一審原告ら主張の手術操作上の注意義務及びその違反の有無を判断する。

第一に、請求原因6(一)④(1)のようなワイドラミネクトミーを実施すべき注意義務があったかどうかである。これは(b)又は(c)の操作との関係で問題になる。〈書証番号略〉によれば、胸椎椎間板ヘルニアの摘出手術において脊髄の損傷を防止する対策としては、ヘルニアが正中部に存する場合には、胸椎二、三椎(必要があれば三、四椎)に亘り椎間関節突起部分をも含めたワイドラミネクトミーを行い、術野の歯状靱帯はすべて切り離して十分な脊髄の除圧と可動性を得た後摘出にかかること、また、場合によっては側方からの進入を容易にするため躊躇なく椎弓根の切除をも行うこととされていることが認められる。しかるところ、本件手術において赤林医長が切除した椎弓の範囲は第三項1で認定したとおりであって、右に指摘された全部ないしそれに近い範囲の切除していないことは明らかである。しかしながら、本件手術は脊髄腫瘍疑の診断に基づきその摘出を目的として開始されたものであることは既に認定したとおりであって、胸椎椎間板ヘルニアの摘出をする際の右切除範囲の考え方が当然に妥当するものとはいえない。そして、赤林医長の右椎弓切除範囲が右目的に照らして不十分であったと認めるべき証拠はない。してみれば、右注意義務を前提とする第一審原告らの主張は失当である。

第二に、同6(一)④(4)のようなワイドラミネクトミーを実施すべき注意義務があったかどうかであるが(これも(b)又は(c)の手術操作との関係で問題になる)、この場合には、硬膜内に腫瘍が存在せず、また脊髄表面の変性を認めた後であるから、前段と同列に論ずることはできない。しかしながら、この時点においても、赤林医長が第一審原告善勝の脊髄圧迫物が椎間板ヘルニアであると診断しておらず、それについて過誤があったといえないことは既に説示したところから明らかというべきであるから、椎間板ヘルニアの摘出を前提とした広範囲の椎弓切除を求めるのは無理がある。前記のとおり露出された脊髄表面に変性が認められたといっても、その易損傷性が高度な状態を示しているとは必ずしも認め難いものであったのであるから、これから直ちに椎弓切除範囲を追加的に拡大すべきであったと速断することはできない。そして、〈書証番号略〉、長谷川医師(原審)、赤林医長(原審、当審第一回)、木下医師(第一回)、平林医師の各証言及び鑑定の結果(原審)に弁論の全趣旨を総合すれば、椎弓切除の範囲を広範にすれば、術野の確保が容易になり、脊髄前方への侵入がより安全になるけれども、その反面、胸椎の支持性が損なわれる結果を生ずるため、右切除範囲を不必要に拡大することは相当でないこと、本件手術において既に行われていた椎弓切除範囲は、術野の確保として十分であり、かつ脊髄硬膜外に発見された膨隆物の位置及び大きさと形状に照らせば、その摘出のためには前記範囲の切除で不十分とはいえないことが認められる。

したがって、赤林医長に前記の注意義務があったということはできず、右の主張も失当である。

第三に、同6(一)④(2)の椎弓切除の際の注意義務であるが、これは前記(a)の手術操作との関係で問題となるところ、〈書証番号略〉及び平林医師の証言によれば、後方進入法より脊髄前方の膨隆物を摘出するに当たって、椎弓を切除する際、使用する鉗子を不用意に椎弓の内側に挿入すると、脊髄前方の膨隆物と右鉗子とで脊髄を挟撃してこれに回復不能な損傷を生ずるので、術中操作を慎重に進めなければならないこと、右(a)の手術操作によって脊髄に損傷を加えたとすれば、この点の慎重さを欠いていたことになることが認められる。これによれば、赤林医長には、椎弓を切除する際使用する鉗子を不用意に椎弓の内側に挿入しないよう注意すべき義務があり、右(a)が脊髄損傷の原因である場合には、この注意義務に違反したものというべきであるが、これがその原因であると特定できないことは前に説示したとおりである。

第四に、同6(一)④(3)の脊髄を片側に寄せる操作を回避すべき注意義務があったかどうかである。これは前記(b)の手術操作との関係で問題となる。しかるところ、長谷川医師(原審)、平林医師の各証言及び弁論の全趣旨によれば、後方進入法により脊髄前方の圧迫物を摘出する場合には、椎弓を切除して硬膜、さらには脊髄を露出した後、圧迫物の検索摘出のため脊髄を左右いずれかに寄せることは避けられない手術操作であることが認められるから、右のような注意義務は当然には存在しないものというべきである。もっとも、〈書証番号略〉によれば、露出した脊髄が高度の易損傷性を示す状態にある場合には、これを鉤等で押して片側に寄せることは損傷の危険を伴うので回避すべきことが認められるけれども、これはむしろその時点で手術を中止すべき義務の有無として問題となる事項であり、本件手術においてこのような義務の懈怠が認められないことは前記3で説示したとおりである。

してみれば、赤林医長に右注意義務ないしその違反があったということはできず、右の主張も失当である。

第五に、同6(一)④(5)の手術操作を愛護的に行うべき注意義務であるが、これは前記(b)又は(c)の手術操作との関係で問題となる。

しかして、〈書証番号略〉、赤林医長(原審)、平林医師の各証言及び鑑定の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、後方進入法により胸椎部の椎弓を切除して脊髄前方にある脊髄圧迫物を摘出する手術は、狭隘な脊椎管孔(第一審原告善勝の場合、左右三、四センチメートル、前後約三センチメートル)内で、その中心に大きな空間を占める脊髄を左右いずれかに寄せながら行うものであるから、右圧迫物を検索するにしても、この摘出手術をするにしても、これらの操作を脊髄に対して十分愛護的に行わないと脊髄に不可逆的な損傷を加え易いこと、殊に、第一審原告善勝の場合、脊髄硬膜が変色し、脊髄表面の血管が怒張、蛇行していて、しからざる場合に比すれば損傷し易い状態を示していたことが認められる。そうすると、右手術にあたっては、脊髄に加える外力を必要最小限に止め、かつ損傷を与えるような脊髄に対する手術器具の接触は避けるべき注意義務があるものというべきである。そして、前記(c)の手術操作は右注意義務に反するものであり、また、同(b)の手術操作によって第一審原告善勝の脊髄損傷が生じたとすれば、右注意義務に反した可能性が少なくないものというべきである。

しかしながら、本件手術においてなされた神経鉤による脊髄片寄せの時間と幅は証拠上明らかでない。赤林医長と助手を務めた長谷川医師らが神経鉤で脊髄硬膜ごと脊髄を寄せた事実を認め難いことは既に説示したとおりであり、赤林医長の当審第二回の証言に徴すると、同医長の上体や腕にふらつきとかぶれが出るような状況にはなかったことが認められ、この意味での愛護的でない結果が生じたことを推認するのも困難である。そして、〈書証番号略〉、木下医師(第一、第二回)、平林医師の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、脊髄の状態によっては通常は損傷を発生させないような外力によっても損傷の結果を生ずることがあり、このような易損傷性は外見上からは判断が困難であって、術者からみて脊髄に愛護的な手術操作をしさえすれば、常に損傷の結果を引き起こさないで済むとは限らないこと、文献的にも、椎弓切除法(後方進入法)による脊髄前方(腹側)の圧迫物の摘出が脊髄損傷の結果を生じ易い困難な手術であることが一般的に指摘されていることが認められる。これらの事実に平林医師の証言及び鑑定の結果を総合すれば、前記(b)の手術操作が右の場合にあたる可能性も否定できないものと認められる。この場合には、赤林医長は前記注意義務を尽くさなかったものとは断定できず、第一審原告善勝の脊髄損傷の結果発生につきその過失を認めることはできないことになる。

以上要するに、前記(a)又は(c)の手術操作によって脊髄損傷が生じたのであれば、赤林医長には手術操作上の注意義務違反が認められるが、同(b)の手術操作によってこれが生じたのであれば、一概に手術操作上の注意義務違反があったとはいえないことになる。そして、右(a)ないし(c)の手術操作のいずれによって第一審原告善勝の脊髄損傷の結果が発生したのか証拠上確定できないことは既に説示したとおりであるから、結局赤林医長に手術操作上の過失があって右結果が発生したとは断定できないことに帰する。

してみれば、前記主張も採用できないものというほかはない。

七  すすんで、説明義務違反の主張につき判断する。

1  請求原因2(五)後段の事実は、長谷川医師の第一審原告善勝に対する説明部分を除き当事者間に争いがなく(なお、長谷川医師が概ね次の(1)ないし(3)の説明をしたことは第一審被告も自認している)、右事実に、〈書証番号略〉、土肥医師(原審)、長谷川医師(原審)、赤林医長(原審)の各証言及び第一審原告かつえ、同原告善勝(原審、当審)各本人尋問の結果を総合すれば、第一審原告善勝の疾病を脊髄腫瘍疑と診断し、椎弓切除法による腫瘍摘出手術を実施することに決定した時点で、長谷川医師は、同原告に対し、(1) 胸椎部に腫瘍ができていて神経を圧迫しているので手術をして取り除く必要があること、(2) 手術をしないでそのままにしておけば、やがては歩けなくなる可能性もあること、(3) 手術後の見通しとしては、一か月位ギブスベッドで過ごした後、二週間位機能回復訓練を行えば、コルセットを付けたままではあるが、退院できるようになること、(4) やがてコルセットを外して正常に回復し、日常生活や仕事ももとどおりできるようになること、以上の四点について説明したが、動揺を与えないために、手術の危険性についてはあえてふれなかったこと、同原告は、手術を受ければ痺れや脱力感も直ると思い、手術に同意したこと、長谷川医師はその後同原告の親族にも手術の説明をしたが、その内容は右と同様のものであったこと、赤林医長も手術の危険性を自ら説明し、又は長谷川医師に説明するよう指示したことはなく、その他の医師も結局本件手術の危険性については同原告側に何ら説明しなかったことが認められ、長谷川医師の供述(原審)中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信できない。他方、第一審原告善勝の供述(原審)中には、長谷川医師が同原告に対して手術は危険なものではないと説明した旨の部分があるけれども、これは長谷川医師(原審)の反対趣旨の証言に照らして措信できない。

2  第一審原告らは、手術に際し、医師からの十分な説明なしになされた患者の承諾は無効であり、その手術自体違法である旨主張する。

手術は、患者の肉体に冒頭で定義した意味での損傷を加える行為であるから、その承諾がなければ違法性を帯びることはいうまでもない。例えば、医師側が手術の目的、方法又は内容を説明しないため、患者がこれらを了解しないまま抽象的、白紙委任的にした承諾は、具体的な手術に対する関係でなされた承諾とはいえず、これに基づく手術は原則として有効な承諾を経ないものというべきである。これに対して、前記手術内容等の説明がなされ、患者がこれを理解したうえで手術を承諾した場合は、手術の危険性、手術による後遺障害発生の危険性、手術に代わる治療手段の有無等、承諾をするか否かを決めるにつき考慮の対象となるその余の説明ないし情報の提供がなかったとしても、右承諾が当然に無効となるものではなく、その意味で有効な承諾というを妨げず、これらの説明があったとしたら手術を承諾しなかったであろうと考えられる特段の事情があるときに限って無効となると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、1で認定した事実によれば、長谷川医師は第一審原告善勝に対して本件手術の目的、方法及び内容を説明し、同原告はこれを理解したうえで手術を承諾したものと認められる。もっとも、長谷川医師、赤林医長らが同原告に対して本件手術の危険性につき何らの説明もしなかったことは前記のとおりであるが、この説明があったとしたら同原告が本件手術を承諾しなかったであろうというような特段の事情を認めることができないことは後に説示するとおりであるから、本件手術が有効な承諾を欠き、手術自体が違法なものということはできない。第一審原告らは、本件手術により後方から椎弓を切除して進入し、脊髄及びその周辺を検索しても腫瘍を認めることができなかった段階で、赤林医長は改めて第一審原告善勝又はその代理人からその先の手術につき承諾を得る必要があった旨主張するけれども、右段階以後に赤林医長の続行した手術は、その方法、内容に徴すれば当初の手術と別個のものとは認め難いから、右続行に係る手術は同原告の前記承諾の範囲内に含まれるものというべきであって、右主張は採用するに由ない。

3  しかしながら、肉体は人間存在の基本である。個人は、自己の肉体のあらゆる問題につき、これを自らの意思に基づいて決定する基本的な権利を有しており、その一環として、患者は、手術によって自己の肉体に医的損傷が加えられることを承諾するかどうかをその自由意思に基づいて決定する権利を有するものである。もっとも、医療は、手術をも含めて、医師の専門的知識に基づく広範な裁量行為によって初めてその目的を達するものであることはいうまでもないけれども、あくまで患者の自己決定権を基礎とするものでなければならない。そして、その前提として、患者には、手術の目的、方法及び内容のみならず、手術の危険性、手術による後遺障害発生の危険性、手術に代わる治療手段の有無、手術をしない場合の予後の見通し等、承諾をするか否かを決めるにつき考慮の対象となるべき情報が与えられる必要がある。そのため、医師には、これらの事柄、とりわけ当該手術が重大な危険性を伴うものである場合には、専門的見地から、可能な限りその危険性のみならず、その発生頻度を具体的に患者に説明した上で、患者の自己決定に委ねる義務があるというべきである。そうすれば、この説明を受けた患者は、その時期に当該手術を受けるか否かを決断し、手術を受けるにしても発生するかもしれない不幸な結果について或程度の覚悟を決め、場合によっては別の医療機関で更に検査、診察を受けて手術の適応等について慎重に診断してもらい、その結果によっては同じ目的の手術を受けるにしても転院して他の医師により、更には他の方法によることを選択するという機会を得ることになるのである。この説明なしになされた承諾も、その効力としては、その説明があったとしたら手術を承諾しなかったであろうと考えられる特段の事情がない限り有効と解すべきであることは既に判示したとおりである。しかしながら、その説明があっても承諾したであろうと認められない限り、医師は、患者の前記自己決定の機会を不当に奪ったことになり、これによって患者の被った損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

本件についていえば、椎弓切除による後方進入法によって脊髄前方にある脊髄圧迫物を摘出する手術は、右圧迫物が椎間板ヘルニアである場合のみならず、それが腫瘍であったとしても、脊髄に不可逆的な損傷を高い確率で引き起こし、重篤な後遺障害を発生させる危険性のある手術である。この危険性は、肉体に対する医的損傷たる手術一般に内在する危険とは質的に異なる、高度なものであることはこれまでに説示したところから明らかである。したがって、赤林医長ら医師側としては、第一審原告善勝から右手術の承諾を得るに際して、同原告に対し、一般の手術の場合よりも格段に入念に、このような高度の危険性、すなわち発生する可能性のある後遺障害の内容、程度についても具体的に説明し、更に、脊髄腫瘍を疑った診断に過誤がないことは前判示のとおりであるが、それにしても椎間板ヘルニアであることを想定する余地が全くなかったわけではない本件では(結果論として言っているのではない)、右診断に至った経過、根拠を説明し(その中では当然に他の病因ではないとした根拠の説明もなされる筈である)、脊髄腫瘍でない場合にも早期の手術が必要なのかについても判断の資料を提供する義務があったというべきである。しかるところ、手術の説明にあたった長谷川医師も、また手術責任者の立場にあった赤林医長においても、右危険性等につき何ら同原告及びその近親者に対して説明しなかったことは前記1で認定したとおりである。もっとも、同原告が長谷川医師から手術の説明を受けた後、脊髄圧迫物を取除いてもらうより仕方がないと考え、それ以上の詳しい説明を求めないまま本件手術に応ずるに至ったものであることは、同原告自身も原審における本人尋問の際認めていることを総合考慮すれば、右危険性等の説明があったとしたら同原告は本件手術を承諾しなかったであろうと考えられる特段の事情があるとは認め難い。それと同様に、逆に右内容の入念な説明を受けた場合に、それにもかかわらず第一審原告善勝が本件手術を承諾したであろうとの推認を可能にする証拠もないので、結局のところ、赤林医長らは、同原告の前段に述べた決断・選択の機会を不当に奪った責任を免れないものというべきである。

4  ところで、前記説明義務が何に由来するかというに、診療契約に基づく医師側の契約上の義務にとどまらず、およそ患者の肉体に対する損傷としての手術を行う医師の一般不法行為上の注意義務に基づくものと解するのが相当である。したがって、その義務違反は、不法行為法上の過失を構成する。しかして、赤林医長らが被告の被用者であり、右説明義務違反の過失はその事業の執行につき存したものというべきことはこれまでに認定した事実から明らかであるから、被告は民法七一五条一項所定の責任から免れえないというべきである。

この点につき、第一審原告らは、不法行為責任よりもまず債務不履行責任の存否を、また、前者についても一般不法行為責任に先立って国家賠償責任の成否を判断すべきである旨主張する。しかしながら、右不法行為責任と債務不履行責任とはその性質上請求権競合の関係にあるものと解すべきであるところ、本件においては、右説明義務違反に基づく責任に関する限り債務不履行責任と不法行為責任とでその成否の判断に相違があるとは認められないから、裁判所はその判断の順序につき当事者の主張に拘束されるものではないと解するのが相当である。のみならず、第一審原告らは、本件手術日以降の遅延損害金及び弁護士費用を請求しているところ、これらは不法行為に基づく損害賠償請求に一層なじむ請求内容というべきであって、以上に照らせば、第一審原告らの請求内容からみる限り、不法行為責任の成否について判断すれば足りるものであり、これによって認められない請求は、債務不履行の責任原因に基づいても理由がないものというべきである。なお、第一審原告らは、国家賠償法一条の責任を主張するけれども、本件医療行為は同法一条にいう公権力の行使ということはできないから、右主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

八  第一審原告らの主張する損害につき以下判断する。

説明義務違反も右のとおり一般不法行為法上の注意義務の違反に当たるものと解すべき以上、これを理由とする損害賠償請求における賠償範囲としては、右義務違反と相当因果関係のある全損害と解するのが相当である。

そこで、この点について判断するに、第一審原告らは、右義務違反を理由として本件手術によって第一審原告善勝に生じた脊髄損傷に基づく損害を請求している。しかしながら、右請求が成立するためには、右義務違反がなければ、すなわち説明義務が尽くされていれば本件手術か施行されなかったとの事実が立証される必要がある。なぜなら、この場合に初めて右義務違反と右脊髄損傷との間に因果関係が肯定されることになるからである。しかしながら、本件においては本件手術の危険性等の説明があったとしたら第一審原告善勝が本件手術を承諾しなかったであろうとまでは認め難いことは前記のとおりであるから、右事実が立証されたということはできない。そうすると、前記説明義務の違反と相当因果関係のある損害としては、前記選択の機会を侵害し、本件手術に同意するかどうかの自己決定権を奪ったことにより同原告の被った精神的苦痛に限られるものというべきであって、それ以外の損害は右義務違反に基づく損害と認めることはできない。

してみれば、同原告の請求中逸失利益、付添費の賠償を求める部分並びに第一審原告かつえ、第一審原告善則及び第一番原告勝章の被った損害の賠償を求める請求は、その内容の当否につき判断するまでもなく理由がないものといわざるを得ない。

しかして、本件手術前の第一審原告善勝の症状、本件手術の前記の如き危険性、殊に前記六の4、第五の部分で認定した如く、胸部脊髄を対象とする手術は、いかに慎重に愛護的にしても、相当に高い確率で脊髄に障害を与える危険を内包しているというのに、それ相応の覚悟をしないまま手術を受けざるをえなくなった上に、このように重大な事柄を危険が現実化した事後にのみ繰返し聞かされた同原告の心情、本件手術後の同原告の症状の推移、更に同原告に残った障害の部位程度その他本件口頭弁論に顕れた一切の事情を斟酌すると、第一審原告善勝の被った苦痛に対する慰藉料としては、金八〇〇万円が相当と認めるべきである。

次に、弁論の全趣旨によれば、第一審原告善勝は、第一審被告が損害賠償の任意支払に応じないので、やむなく本件訴訟の提起、追行を弁護士である同原告訴訟代理人に委任したことが認められる。しかして、本件事案の難易、第一審以来の訴訟の経過、前記認容額等諸般の事情を考慮すれば、右弁護士費用として金一五〇万円をもって被告の不法行為と相当因果関係がある損害と認めるのが相当である。

九  以上の次第であるから、第一審原告善勝の請求中、損害賠償金九五〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和四九年九月三〇日以降完済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があり、その余の部分及びその余の第一審原告らの請求は理由がないので、第一審原告善勝の請求を右の限度で認容し、その余の請求及びその余の第一審原告らの請求をいずれも棄却すべきであるから、第一審被告の控訴に基づき、原判決中第一審原告善勝に関する部分を右のとおり変更し、その余の第一審原告らに関する部分を取消してその請求を棄却し、第一審原告らの控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条の規定を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないからその申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林啓二 裁判官信濃孝一 裁判官小島浩)

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